ーそれ以上いる?ー
なぜチューン(加工)をしたのか。そもそも、本当に必要だったのか。
結局のところ、それ以上を求めたから。
ブーツは万人向けに設計されている。サイズひとつ取っても、一つのシェルサイズの中には多くの人に合わせるための"余白"や"妥協"が含まれている。その余白を自分の足に合わせて詰めていくだけでも、ブーツ内部で起きる無駄な動きや伝達のロスは大きく減らすことができる。
ーチューンナップ?ー
一般的にイメージされる「チューン」という言葉とのブーツチューンは少しニュアンスが違う。
車で言えば、エンジンチューンのようにパワーを上げる話ではなく、アライメントを適正化する作業に近い。
スキーへ力を伝えるというブーツ本来の性能そのものは、加工によって劇的に向上させることはできない。むしろ加工によって伝達が曖昧になったり、ブーツの中で力が逃げたりするようであれば、そのチューンは失敗、デチューンだと思う。
あくまで自分なりの考えだが、ブーツチューンの目的は、道具における伝達ロスを極力なくし、最小限のアクションでスキーが反応する状態を作ることにある。
ー運動の解像度?ー
ロスの多いブーツでは、同じ結果を得るためにより大きな身体動作が必要になる一方、フィットしたブーツでは、わずかな入力で同じ反応が得られる。
極端に言えば、本来は足指のわずかな動きで反応してほしいスキーが、フィットしていないブーツでは脛まで大きく倒さなければ同じ反応を得られない。そんなイメージ。
また、ロスの少ないブーツでは、入力した力がほぼそのままスキーに伝わるため、自分の運動とスキーの反応が一致しやすい。
もっと分かりやすく言えば、運動の「解像度」の違いだと思っている。
ロスの少ないブーツは、1〜100まで入力できるから優れているのではない。
1〜100までのプロセスを身体が学習できることに意味がある。
だから、「あと少しだけ足首を使う」「荷重をあと数%増やす」といった僅かな違いまで、自分の感覚とスキーの反応を一致させながら学習できる。
一方、ロスの大きいブーツでは、小さな入力はブーツの中で吸収されてしまう。
極端な表現をすれば、0か100か。
ある程度大きく動かなければスキーが反応しないため、「もっと動く」「もっと踏む」という大きな運動ばかりが身体に残り、繊細な操作を覚えにくい。
ブーツチューンとは、スキーではなく、自分の運動の解像度を上げるための作業でもある。
ーシューズ≠ブーツー
多くのスポーツは、競技中にシューズへどう力を伝えるかを意識している人はおそらく少ない。意識するのは、あくまで自分の身体の使い方であり、シューズそのものではない。道具は身体の一部として自然に機能することが理想であり、それが当たり前の前提だからだ。
ブーツチューンは、道具の性能を上げることではなく、自分自身の技術をより細かく磨ける環境を作ることでもある。
ーチューンは上手くなる魔法・・・じゃないー
理想は、極端に言えば「ブーツを履いている」と感じないこと。実際あれだけの質量を感じないという事はないが、操作・運動する際にブーツの存在を意識することなく、自分が直接スキーの上に立っているような感覚で操作できること。
道具のロスが減ると、自分の運動のロスが見えてくる。
ブーツチューンは、スキーを上手くする魔法ではない。
しかし、自分の小さな入力を正しくスキーへ伝え、その反応を身体が学習できる環境を作ることはできる。だから自分にとってブーツチューンとは、スキーを速くするためではなく、自分自身の技術を磨くための土台だったように思う。
そして今振り返れば、それこそが自分の目指していたブーツチューンのゴールだった。
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